昨年コロナで中止となった「平和の集い」。
今年こそは緊急事態宣言が解除され、開催されることを楽しみにしてきました。
2019年「あの日のオルガン」が戸越で上映された時に、NHKでニュースになったのを覚えています。
この時に、小倉みどりさんが、保育園児のひとりだったことを知り、何としても、船橋市で、上映できないか、有志で考えていました。
その中で、ある方が、配給会社に連絡を取り、上映できることになり、早速、市の方に打診しました。
2020年の「平和の集い」で、戦災体験講話をしてもらい、映画を上映できたら良いなと思い、総務課に伝えたところ、ニュースを見た市民の方からも、市長あてに、「市内に在住している方がいるので何かできないか」と声が届いていたこともあり、「平和の集い」でやろうということになりました。
しかし、コロナという未曾有の事態の中、公共施設の休館はもちろんの事、不要不急の外出を控えるようになったため、やむなく中止となってしまいました。
今年度に入り、緊急事態宣言が解除されたら、なんとしても開催したいと総務課から言われました。
9月30日に宣言が解除され、無事に本日開催されました。
小倉みどりさんの戦災体験講話を聴き、その後「あの日のオルガン」が上映されましたが、涙、涙の内容でした。
1944年の太平洋戦争末期、若き保母たちが、国の決定を待たず、日本で初めて園児を連れて集団疎開した東京・戸越保育園の実話をもとにした物語です。
よく学童疎開の話は聞きますが、53名の保育園児の集団疎開は、3歳~5歳の子を親が涙ながらに保育園に託したこと。そして親の葛藤。
東京にいたら警報なるたびに、命がけで防空壕に入る姿。
1台のオルガンで、園児たちと楽しそうに歌う姿。
少し落ち着いたときに、親が会いに来てくれ大喜びの子どもたち。でも、親が帰るときに、泣きながら離れようとしない園児。
疎開を受け入れた埼玉の荒れ寺(現在の蓮田市)地域の人の思いや心もとない言動などが赤裸々に映しだされ、保母たちの葛藤が胸にささりました。
東京に戻った一人の保母、空襲にあい、命を落としてしまった。
仕事で東京に行っていた主任保母、東京大空襲で自分の親が亡くなり、そして多くの園児の家族も亡くなり、そのことを、あの小さな園児たちに伝える保母。
葛藤する中、オルガンで立ち直る保母。
米軍の爆撃機は、東京だけではなく、埼玉にもやってきた。寝ている園児たちを起こし防空壕に避難しようとするが、主任保母が「もう無理、、、」
翌8月15日終戦。一人二人と親や親せきが園児を引き取りに。
誰もが自分の事で精いっぱいだった時代に、大切ないのちを未来につなぐことを願い、強い信念で時代を切り開いてきた保母たち。
最後の園児が引き取られ、泣き崩れる保母たちの姿が、なんとも言えず切なく、二度と戦争を起こしてはならないと思いました。
53名の園児の中に、小倉みどりさんがいたことに驚きで一杯です。
戦争体験を語る人が減る中、小倉みどりさんの体験は、心に響き、ご自分も保育士の道を歩まれ、幼児教育に携わっていたことは、偶然ではなく必然だったのですね。
幼少期に出会った大人たちの生き方が、子どもたちの人生に大きな影響があることを学びました。
小倉みどりさんとは、私がヤングミセスの頃、子育てに悩んでいた時、子育てセミナーの講師で知り合いました。
偶然にも、今回の件で数十年ぶりにお会いしました。
この映画を通し、戦争の悲惨さ、平和の大切さ、子どもの笑顔を守るのは大人。あらためて実感しました。
コロナ禍で思いっきり遊ぶことができない子どもたち。ゲームばかり相手にしている子どもたち。
精神的にも参っている子どもたち。それに加え親も、子どもと接する時間が長くなりストレスが溜まっています。
虐待やネグレクトなどが起きています。
何の罪もない子どもたちの笑顔を守るのは私たち大人です。
ぜひ機会がありましたら、映画「あの日のオルガン」をご覧ください。